TÜRKIYE編[3]
平成15年2月18日〜2月22日
テーマ曲:久保田早紀 "異邦人"(3.5Mbytes)
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Note 写真をクリックすると、中サイズ(800x600)の写真が見られます(一部をのぞく)。

パムッカレ(Pamukkale)

2月17日 温泉川のぼり

 Pamukkaleは、温泉が流れる石灰棚と、Hierapolis(ヒエラポリス)という紀元前に始まった都市の遺跡がセットになった観光地で、世界遺産に指定されている。しかし、着いてみると土砂降りの雨。視界が悪くて、下から見てもどうなっているのかよーわからん。ちなみに晴れていると、こんな感じらしい。とりあえず、久々に「安い」入場料を払って中へ入る。
 温泉が川となって流れている。近くにあった立て看板を見ると、靴を脱げば入ってもOKとのこと。近くに一匹狼の日本人バックパッカーが入ろうかどうか迷っていたが、無謀者のI藤氏と一発朗は迷うことなく突入することにした。
 「温泉川」に入る前に、一匹の野良犬にお菓子をやったら、律儀にもついてきた。いい犬だ。
 温泉川の底は石灰でごつごつしていて、結構足が痛かった。でも寒いので、なるべく温泉川に足を突っ込んでおいた。そのようにして登っていく。
 この写真は、I藤氏の「写ルンです」で撮影したものをスキャナで取り込んだものです。温泉川のぼり中の貴重な高画質写真。
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 温泉川を登りきり、石灰棚の上にあるHierapolisに着く。律儀な犬とお別れをして、遺跡の方へ向かう。しかし、視界が悪く何があるのかよくわからない。
 ギリシャやトルコの古代の遺跡には、必ずといっていいほど円形劇場があるのだが、やっぱりここにもあった。もう飽きてきたので、別タイプの遺産が見たくなってきた。

しばらく低画質の画像しか御覧いただけませんでしたが、ここから再び高画質の画像がお楽しみいただけます。

 Hierapolisで発掘されたものの博物館があったので入ってみた。すると、考えている人の像があり、I藤氏がその真似をする。ほんの少しだけチャーミング。
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 博物館を出て石灰棚の上に戻る。高画質だとこんな感じに見えます。石灰棚にお湯が全くないが、お湯不足で流す量をコントロールしているとのこと。
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 普通の人が出ていかないような出口から遺跡を出ると、古代の水路の遺跡があった。ここを、ぴょんぴょん跳ねながら進んでいった。この後、トコトコとふもとへ向けて歩いていくと、通りがかった親切なトルコ人が車で送ってくれた。感謝感謝。
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 Pamukkaleから次の目的地Safranbolu(サフランボル)へ向かうために、Pamukkaleの交通の拠点であるDenizli(デニズリ)に来た。経由地である首都のAnkara(アンカラ)行きのバスを確保し、しばらく時間があるのでお茶をした。そこでトルコ菓子を食べたが、超甘かった。
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 Ankaraのバスターミナルに着いたのは、夜中。日程の都合上、Ankaraは素通りすることにした。既にSafranbolu行きのバスは終了しており、翌朝までバスターミナルで待つことにした。しばらくだらだらしていると、猫が近寄ってきて、I藤氏がかわいがっていた。この後、防犯の都合上、24時間営業のカフェで夜を明かした。
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サフランボル(Safranbolu)

2月18日 墓参り

 朝、アンカラのバスターミナルから、Safranbolu(サフランボル)行きのバスに乗ろうとしたが、使用するバスが大雪のために到着せず、待たされた。そのとき、アンカラの大学に通う大学生と会話をした。一発朗が「イラク問題で大変だね」というと、「北朝鮮の方がヤバイんじゃない?」と言われた。その通りだと思います。
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 結局、チケットを買ったバス会社とは別の会社のバスに乗せてもらい、いざサフランボルへ。ところで、アンカラ近郊には、写真のマンションのように建設中止となった建物がたくさんみかけられた。バブルのような現象があったようだ。バブルは日本だけじゃないみたいだね。世界どこでも、人間やること同じ。
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 写真は一気にSafranboluへ飛びます。Safranboluは古い町並みを保存した町で、世界遺産に登録されている。トルコ人からは、紀元前系の遺跡であるEfes(エフェス)へ行くことを勧められたが、一発朗もI藤氏もそっち系の遺跡は飽きていたのでここを選んだ。アンカラからのバスは新市街についたのだが、近くにいたお巡りさんに旧市街への行き方を尋ねたら、旧市街まで送ってもらった。なんでも、人に聞いてみるもんだ。
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 Safranboluは、石畳の通りと独特な木造家屋が特徴的な町。今回の旅行のテーマ曲に久保田早紀氏の「異邦人(副題は『シルクロードのテーマ』)」を選んだのは、(1)復路のシンガポール航空機内で聞いて気に入った、(2)考えてみるとその歌詞がSafranboluによくマッチしていた、からである。
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 「異邦人」の歌詞のように、「石畳の街角を  ゆらゆらと さまよ」っていたら、墓場へ来てしまいました。土葬のためか、骨が転がっていたりしました(ホントです)。異国へきて、その国の墓を見ることってほとんどないので、ちょっとだけいい体験だった。
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 あるレストランで昼食を食べていると、店員がデジカメに興味を示して、撮らせてくれというので撮ってもらった。結構、デジカメ持っていると、人とのコミュニケーションが弾みます。この後、二日連続で夜行バスの旅を続けており疲れていたので、駆け込みで泊まった宿に帰り、グーグー寝る。
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2月19日 退役軍人

 12時間以上寝て、朝起きる。ホテルの中はこんな感じです。結構いい感じだが、一泊一人千円程度で安いです。
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 外に出てみると晴れていた。僕が長くいれば晴れる法則は確かなようだ。Pamukkaleももう少し長くいれば晴れていたかも。ちなみに、泊ったホテルは右の白い方です。
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 今日はまず、Safranboluの民族博物舘みたいなところへいく。貴族っぽい身分だった一族の屋敷をそのまま博物舘にしたみたいで、屋敷のあちこちに民族衣裳を著たマネキンがおいてあった。その中で、傑作だったのが、風呂に入る人。最初は、何をやっているのかよくわからなかった。
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 しばらく町をふらついた後、Hamam(トルコ風呂)へ行く。実は、カッパドキアでもHamamは体験しており、これで2回目。サウナ、アカすり、マッサージ、暖い大理石で寝転がり…、最高に気持いい!ちなみに、IstanbulでHamamに入ろうとすると$30ぐらいかかるらしいが、Safranboluなら$10以下ですみます。
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Hamamの後、ホテルへ帰り預けておいた荷物を返してもらった後、Istanbulへ帰るバスに乗るため新市街へ行く。この旅の中で、ガイドブックに載っていたようなロバに乗るオッサンを見たいなと思っていたら、乗ってはいないけど、引いているオッサンは現れました。トルコは、我々の期待を裏切らないね。
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 次ぎは、スーパーに入り、なにか面白いものがないかと物色。結果、店の片隅にひっそりとおかれていた栄養ドリンク(?)と、「ニンニクヨーグルト」を発見。傑作なのは、謎の栄養ドリンクで、レジに出したら店員が「こんなもの店にあったっけ?」って顔をしていた。近くにいたトルコ人も、「何だこれ?」といった顔をして、面白がっていた。持ち帰り、さっそく試してみると、謎の栄養ドリンクはとても飲めたものではなく、濃度15%ぐらいの食塩水のようだった。にんにくヨーグルトも味が最悪。金の無駄だった。
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 夕食も新市街でとる。入ったのは、とても庶民的な店で、200円ぐらいで晩飯を食べられた。そこでテレビがついていたのだが、やっていたのはポケモン。今ままでのほとんどの海外旅行で、ポケモンを発見していがが、トルコでもやっていたとは。ポケモン、世界征覇。
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 夕食のあと、バス会社のオフィスでバスを待つ。すると、やけにうれしそうな顔をした二人の青年が入ってきた。彼らは英語を話せないが、一枚の紙を見せてくれた。そこには軍服を着た姿の写真が張ってあり、彼等が兵役を終えて、喜んでいたことが判った。一発朗とI藤氏は、「おめでとー!」と日本語で祝福してあげた。このあと、バスの中でも彼らに今までの旅行で撮った写真とかを見せてあげたりして、楽しんだ。旅の思い出って、遺跡より、人とのコミュニケーションだね。
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旅の終わり

2月20日 目出し帽

 Istanbulへ戻り、最初に泊まった宿に行って、荷物を置く。天気は快晴。初日は見られなかった海が見える。晴れ男パワー炸裂。この後、残していた観光スポット、ドルマバフチェ宮殿へ向かう。
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 ドルマバフチェ宮殿へ向かう途中、ガラタ橋を渡る。写真中央は、スュレイマニエ・ジャミィ。青空に良く映えている。
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 ドルマバフチェ宮殿は、オスマントルコ帝国後期のスルタンの居城となっていた宮殿。帝国前期で使われていたトプカプ宮殿と比較すると、非常に西洋的な作りだった。ヨーロッパの真似をしたのは、日本だけではなかったんだね。中での写真撮影は、別に1000円ぐらい払わないとダメだというので、撮らなかった。中の雰囲気は、一見、めちゃくちゃ豪華だが、細かい装飾を見ると、ロンドンのバッキンガム宮殿等と比較すると、少し安っぽさが見える。さすが、トルコ。
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 ドルマバフチェ宮殿観光を終えたあと、土産物の物色開始。何か面白いものがないかと、グランドバザールやエジプシャンバザール等をうろついた。しかし、結局土産を買ったのは、普通のスーパーと、道ばたで商売をしているオッサンから買った品。どんなものを買ったかは、この日の最後の写真で発表します。
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土産物を買い終えた後、再びブルーモスクへ。再び来た理由は、イスラム教の礼拝を見たかったからである。カッパドキアで見た「終末時計もどき」の写真から、午後5時45分頃に礼拝が行われることが分かっていたので、その前に行き、待っていた。すると、お巡りさんが来て、「礼拝を見たければみてもいいが、うしろでそっとしていろ」みたいなことをいったので、行儀良く2人で座っていた。で、しっかり拝見させていただきました。たぶん、トルコのブルーモスク以外のモスクで、異教徒に礼拝を見せてくれるところは、なかなか見つからないのではなかろうか。あと、面白かったのが、礼拝の最中に携帯を鳴らした奴がいたこと。どこの国でも、同じだね。
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 礼拝見学を終え、ブルーモスクを後にする。これで、すべての観光が終了。さらば、ブルーモスクよ。
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 写真に映っているのが、購入した土産の数々。とっておきなのが、「目出し帽」。これを見つけたときは、I藤氏と大喜びした。この「目出し帽」は、次のフィジー旅行の同行者M田氏にプレゼントすることになります。
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2月21,22日 帰国

 朝起きて、空港へ向かう。普通の人はバスで行くのだが、普通でない我々は、トルコ国鉄で空港にもっとも近い駅まで行き、そこから歩くことにした。もちろん、金の節約のため。
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 空港に最寄りの駅で降りたつもりだったが、気づいてみると一つ先の駅で降りてしまっていた。我々は気合いで、数キロの道のりを歩くことにした。この日は雪が降っていて、とても寒かった。
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 なんとか空港にたどり着き、シンガポール航空のカウンターでチェックインをしようとしたら、コンピュータトラブルで、なかなかチェックインできなかった。そのうち、コンピュータが直り、無事に成田までの搭乗券が発券された。そして、飛行機に乗り込み、Istanbulを去る。
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 帰りの飛行機も、ドゥバイに立ち寄った。今回は、きっちり空港にいったん降りた。とてもきれいな空港には、アラブっぽい人々が大勢いて、とても良かった。時間があれば、ここでストップオーバー(一時降機)をしたかった。
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シンガポールに着いたのは、朝。朝焼けがきれいだった。数時間後、台北経由の成田行きに乗り、シンガポールを発つ。
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 台北では、一時間程空港内で待つ。すると、コカコーラの自動販売機には「Qoo」の台湾バージョンが売っていた。味を試したかったが、台湾の通貨を持っていないので断念。そして、飛行機は台北を発ち、成田へ向かう。
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 長かったトルコ旅行もついに終わりを迎えた。写真は台北から成田の間で見られた夕焼け。すごく遠回りなのでイスタンブールを出てから成田へ到着するまで、およそ20時間もかかったのでとても疲れた。でも、今回のトルコ旅行は、初めてのイスラム文化を体験できたし、様々な人との出会いがありとても楽しかったので、よしとする。

 次の一発旅行は成田到着から4日後のフィジーであるが、疲れがたまっていたせいか風邪を引いてしまい出発まで寝込んでいた。さて、そのフィジー旅行はどうなったのでしょうか…(続く)



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